牧師の独り言

  8月はさまざまなところで平和の尊さを訴え、戦争の悲惨さを訴える集会や集まりがありました。

心に刻むべき言葉がいろいろありました。

 さまざまなところで、平和を実現するために必死に働き、行動している多くの存在に勇気を与えられ、その人たちの発する真摯な多くの言葉に心からの感動を得られました。

 広島や長崎で、被爆者の人たちが 核兵器禁止条約に反対している安部首相に 「被ばくして未曽有の苦しみを受けている私たちを無視している。あなたはどこの国の首相ですか」という痛々しい言葉がありました。

国家が起こした戦争によって犠牲になっている人々に心を寄せず、見解の相違ですと突き放す冷たい言葉をなぜ自信をもって言えるのかわかりません。  おごりでしかないと思わざるを得ない。

 政治家と政治屋との違いを私たち国民は見分ける賢明さを身につけなければならないのかもしれません

 戦争孤児となり、本当に想像絶するような苦難を背負い、苦難を必死に耐え、乗り越えて一生懸命になって今日まで生きている80歳過ぎた女性が、たくさんの孤児が道端などで死んでいくのを見てきた。それを見ていても、国はおにぎり一つを与えず、助けなかった。助けないどころか多くの孤児を見捨て、死なせてきている。国は本当に国民を助けてくれない。もし戦争を起こすことをしたら、その政治家の命を奪いたいぐらいの怒りを感じると言っていた言葉が心に刺さるようにして残っています。

                          2018年8月16日


 沖縄県知事翁長さんが亡くなられました。ショックです。悲しい。

何で?   どうして?

沖縄の人たちの悲しみ、喪失感、絶望感は計り知れないものがあるのではないか

これからの沖縄はどうなる?     辺野古は?

神のみ心はどこに?

生ける神は弱い立場にある人たちに寄り添い、大いなる力を発揮したくださり、驚くことをしてくださる

と信じているけれど

ただ祈るのみ

沖縄の人たちの悲しみが癒され、立ち上がる勇気が与えられて、希望をもって

平和を守る戦いが続けられるようにと

                         2018年8月9日


 玄海原発3号機が再稼働しました。

「福島の教訓を生かしていない再稼働で、愚行だ」という憤りの声が上っています。

核ゴミ処理などさまざまな課題に何ら解決を得られていないのに、本当に無責任だと思います。

一瞬にして多くの人の人生を狂わせていることや、再び同じ悲惨な、絶望的なことが起こる可能性があるのに、そのことに何の責任を持てないし、責任を果たすことが出来ないのに、このことに心を痛めたり、悲しむ良心は持ち合わせていないのかと思わざるを得ない。

 いろんな分野に於いて、自分では責任を取らない、他人に責任を負わせる、無責任体質が日本を覆っているという指摘は本当に正しい。他人をひどい目にあわせても責任が取れないことを平気でやっていることにおぞましさを感じるという意見に同感します。

 原発ゼロにしようという考えや運動に賛同します

                              2018年3月23日

 

 


  3・11東日本大震災の7年目を迎えました。

一瞬にして、約2万人の尊い命が奪われ、数えきれない多くの家や財産が流され、原発事故による放射線の恐怖にさらされて、住み慣れた土地を離れ、避難生活を強いられている、不自由な生活されている人たちが7万3千人もまだいる、一向に復興復旧が進んでいない状況に心を痛めます。

 2020年の東京五輪へ人々の関心が向けられていく中で、置き去りにされていると感じ、寂しく悲しいつらい気持ちにさせられている被災された人達のことを想うと心を痛めます。

 3・11東日本大震災が問いかけていたであろう生き方や価値観の見直しの点に於いて、私達は変わっているのであろうか。

 見えることも大事であるけれども、見えないところにこそ最も大事なことがある、真に人間らしく生きる大切な知恵が示されるという一つの問いかけから見れば、何も変わっていないのではないかと思わざるを得ないことが頻繁に起きているという指摘は正しいと思う。

 決して人間は万能ではないし、むしろ自然の前には無力である。だから謙虚にならなければならない。しかし傲慢のままで、人を人と思わずに、自分の欲のためには、他人をけなし、否定し、利用し、どうなっても構わないという卑しい貧しい考え方が社会の至るところで見られているという指摘は正しい。

 森友・かけ学園問題、財務省の文書改ざんの問題、官僚にすべての責任を押し付ける政治家の傲慢な姿におぞましさや恐ろしさを感じ、日本はこの先どうなっていくのだろうかという不安や恐れを感じている人も少なくない。

 しかし、あきらめたら終わり。

 真に大きな力をもって支配しているのば人間ではないし、この世の権力者でもないし、政治家でもない。そうではなくて、真に歴史を支配している方が他に存在している。愛と平和をもたらすために生きて働いている方がいる。

 そこから希望が生まれる。

 9条の日本国憲法は偶然にできたのではなく、井上ひさしさんも言っているように、平和憲法は歴史が与えてくれたものであり、言い換えれば、私達人間の歴史の中で地下水のようにして流れている、大きな力にょって、押し出されるようにして、生まれ、与えられているものであり、信仰的に言えば、世界平和を実現していくために、人間の歴史を支配している生ける神が与えてくださったものであるという考えに賛同し、受け入れることによって希望が得られます

                                  2018年3月15日

 


 財務省の書き換え疑惑が事実なら本当に恐ろしい。

これは、国会を軽んじ、国民をなめ、民主主義を破壊する由々しき行為であり、犯罪です。犯罪どころか日本は戦時下と同じ状態にある。恐ろしい。

 さらに恐ろしく思わせられるのは、実際に戦時下になったら、どうなるのか、黒が白と言われる、おぞましいことが日常茶飯事になる国になってしまう。真実がわからなくなると。恐ろしい。

 平和憲法が破壊されていく。平和主義、国民主権、基本的人権の尊重という憲法の精神がないがしろにされていく。恐ろしい。

 奢るもの久しからず、です。奢るものはいつか破綻し滅びることが歴史によって証明されています。

恐れずに、あきらめずに、希望を持って、憲法を守ろうという力強い声を上げていきたい。

                                    2018.3.6